“自分自身を生きれて来れなかった”あなたへ「本当のあなたってどんな人? 何が好きで、何が嫌い? そして真に望むモノは何?」

生きづらい、自分の価値がわからない、虚しい、孤独、消えたい…居場所がない、アダルトチルドレン … 独りで そんな想いを抱えてませんか。 わたしと一緒に あなたの潜在意識の底の”本来の あなた”に逢いに行きましょう。 あなたの真の願いに触れる為に。 そして あなた自身に戻る為に。

便利(スマホ)という鬼

今週のお題「鬼」

 

わたしは黒豆を煮る時間が好きです。何かをコトコト時間をかけて作ること、発酵も自家酵母をふつふつ起こすこと、
何かに何を投げかけ、それ自体が変化を起こすことに魅力を感じるからだと思います。季節ごとのそうした手仕事は四季と共にある豊かな恵みと共に生きていることを教えてくれる大切なものです。

 


去年、結果ばかり、速さばかり、を求めがちなある人に手作りベーコンと黒豆とを贈りました。3日かけて煮る黒豆は柔らかく、2週間熟成させて作るベーコンは味わいが違うものです。
少しは伝わっただろうか。
この一年を通じてその人は少しは理解し始めているのだろう、そう感じています。

 

 


この様に人には、いや物事の理には必ず全てに必要な個々の時間があります。
それはそれぞれに帰依する為、


本来の自分に還る様なセッションを、
どなたも3か月で出来ます!とか、
そのノウハウをマニュアル化しました!と言うモノをわたしは信じられません。


クライエントさんそれぞれ違うのだから。


目安はありますが、
それぞれに時間は違うし、
目指す目標も違うでしょう。
だいたい、自分自身のリズムを守ることが出来なくて、自分の中に不調和が生まれたのに、コーチやカウンセラーたちのリズム、マニュアルに合わしても意味がないでしょう?

 


だから一見無駄なようだったり、
時間がかかることも、
変化が見られない間にこそ、
必要不可欠なものが潜んでいます。


全てに無駄がない、とはそう言うことです。現代人は合理化、マニュアル化、仕組み作りをして賢くなった、と勘違いしていますが、それのせいで忘れてきたモノにそろそろ気がつく時ではないでしょうか。


眠る時間は無駄だから24時間稼働したモノを作り、急げ、直ぐに、とスピードを競い、果たして幸せと平穏は手に入ったのでしょうか。日本では4人に1人は睡眠障害があると言われています。
が、穏やかな睡眠は幸せの不可欠な条件です。しかしスピードや利便性、経費削減を選ぶならスマホに窓口や営業をさせれば良い。が、おかげさまで人間は手続きはさまざまなことがスマホブルーライト画面(覚醒を促し脳を興奮状態に陥らせる)と始終睨めっこ、質の良い睡眠が取れない様に自らしています。頼んだモノが24時間に手に入ること 対 布団に入って心地よく眠り朝爽やかに起きれる目覚め、どちらが生き物に必要なのでしょう。幸せなのでしょう。


今の現代人はこうやって効率、合理的、ばかりを素晴らしいと称賛してやりたがる。
今、一瞬は良い?と言うかラク、または便利?安上がり?かもしれません。
しかし長いスパンで見た場合本当にそれは我々人、と言う生命にとって好ましいことなのでしょうか。 


わたしはそうは思いません。
わたしは種を植えてすぐにどんな花か、芽か知りたいとは思わない。ある日時満ちて咲いた時に知りたい、そう思う。
クライエントさんの変化もそうです。
待つ時間が必要です。
それはその人がその人のリズムを少しづつ取り戻していく為、時に眠りもする、そんな時間だから、です。


だから豆を煮る様な、発芽を待つ様な、熟成を見守る様な、そんな時間はセッションと重なります。

 


わたしは本当にそろそろ現代人は、
そうやって切り捨ててきた中に大切なものがあること、それを個々人がもう一度取り戻すことに気づくこと、それが自分の中の鬼と向き合うことなのではないでしょうか。

またそれらが新しい時代に必要な、そしてこの便利そうに見えてガチガチの閉塞感に圧縮されたものを打破する力と感じています。

 

もちろん、便利を放棄することは開発する以上に困難です。

ボタン一つで出来立ての料理が宅配され、財布から小銭を選びおつりを計算することなくスマホを差し出したらお金が支払われる。

3クリックで必要な物が届き、スタンプ一つで連絡が済む、のかもしれない。

 

けれど、それでいいのでしょうか。

それが幸せ、につながるのでしょうか。

無理に困難を選ぶ必要がない、けれど。

合理的、利便性の追求は生命である生き物である、人として、

わたしたちの心に、身体に、優しいのでしょうか。

 

手を動かし、箒と雑巾がけをすることで大腰筋(上半身と下半身を繋ぐ唯一の筋肉)が目覚めさせることが出来ます。自分で作る料理は、家族の、または自分の今、の身体に合った味付けが匙加減出来ます。また料理を一から作るのは総合的な脳と身体の働きの先に出来るものです。コストと栄養を計算し、材料をそろえ、適切な調理を行う。

脳の訓練になります。

 

そして紙に印刷した本や漫画は重くかさばるかもしれません。

場所も取ります(我が家は本の置き場が…)

が、しかし本を隣に置き、手触りを確かめると読まなくても大切な先生が側に居てくれる感じがします。そこに、”実体がある”と思える。それはわたしに勇気をくれます。

既に読んだ本を何気なく開くと、偶然開かれたページに今日、必要な言葉が出てくる場合もある。

 

そんな情緒的な話ばかりでなく、今現代人は近視が増えています。

近視はうつ病や痴呆症、そして失明につながる病です。

それは30㎝内ばかりに焦点をあてているから。

スマホ、パソコン、本もそうですが、かろうじて本はブルーライトじゃない。

ブルーライトで近視(30㎝以内)での酷使は目と脳には最悪の状態です。

今世界中でブルーライトによる不眠症が年齢を問わずに増えている。

確かにスマホをいじること、それはなんとなくの暇つぶしから、

情報を得る、コミュニケーション、遊び、仲間探し、買い物…

現代のプラットフォームになりました。

 

しかしスマホに使われたらいけないと思います。

ただただ利便性に流されたらいけないと思います。

主権は自分自身になければならない。

だとしたなら、スマホに使われたら、ダメです。

スマホは魅力ある鬼なのだから。

 

 

しかしながらスマホがなくなることはなく、どっぷりの人たちはいるでしょう。
が、しかし疑問に思う人も出てくるでしょう。それはきっと自分自身のリズムを取り戻し自らの調和を持った人、です。


そしてその人とは、本来の自分を感じようと出来る人だし、本当の幸せを感じることのできる人だと思います。

 

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Eさん、ご馳走さまでした。
美味しかったです。

大地の味、玄米があってた。

スパイスの融合が素晴らしい!!

生き還る味でした。