“自分自身を生きれて来れなかった”あなたへ「本当のあなたってどんな人? 何が好きで、何が嫌い? そして真に望むモノは何?」

生きづらい、自分の価値がわからない、虚しい、孤独、消えたい…居場所がない、アダルトチルドレン … 独りで そんな想いを抱えてませんか。 わたしと一緒に あなたの潜在意識の底の”本来の あなた”に逢いに行きましょう。 あなたの真の願いに触れる為に。 そして あなた自身に戻る為に。

わたしの人生は無駄ではなかった

カウンセリングや心理セラピーを受けるならもっと早い年齢で…今更受けても…などと思うことはいっぱいあると思います。

 

ないですか?

 

わたしは、いっぱいありました…

 

 

いくらお金を積まれても

 

思春期のもう箸が転がっただけで、息が出来なくなるぐらい笑い転げることも、少女として、年頃の娘として着飾ったり恋愛をしたりして青春を謳歌する。少年特有の閉鎖的な仲間だけで持つ、秘密基地のわくわく感とか。(スタンドバイミーはそれを描いた作品ですよね。)

年を重ねても恋愛は可能ですが、   

多分恋愛の質が違う。

あの青い未成熟な坂を駆け上がり伸びゆく時代の、はね。 

もっと無鉄砲で恋愛出来るようなそんな時代は取り戻せない。

 

子どもを産む、とか肉体の限界があるし、

安い生地や地味な色の服装を跳ね返す、

瑞々しい肌と柔らかなエネルギーがある。

もっと遡って言えば、

両親に甘えて膝に座って

頭を撫でてもらう、とか、

学校に行くのにお弁当を作ってもらう、とか。

褒めてもらう、とか、大好きだよ、と抱きしめてもらう、とか。 

たまには悪いところを叱ってもらえる、とか。

それはある程度の歳を超えると難しい。

 

 

勿論、どんな時代もそれぞれに特有の輝きがあるし、その時しか出来ないことがある。けれど人生の前半は受け身でも愛される時代と言えるかな。庇護される、時代。

その時代は取り戻せないから。

 

 

 

わたし自身を振り返ると両親との葛藤の中で、

自尊心と存在して良いと言う許可、また

自分自身を受け入れること、などを認める為の脳の成長を得るチャンスがなかなか得られませんでした。

 

なぜ、朝から顔を見ただけで不愉快だと殴られるのか。

なぜ、帰宅したら電気のブレーカーを落とされた部屋で部屋の外から鍵をかけられ閉じ込められるのか。ドアが開いたら開いた母がわたしの髪を掴み、椅子ごと倒される、殴られる。そして部屋のドアの隙間から居間からの光が漏れている、その隙間から公文の問題だけ差し込まれる。「やったら出てもいい」という声と。

11時頃、父親が帰り、母がわたしがどんなにどうしようもないか訴える声、日をまたぐ父の長い長い説教が始まるか、そのまま玄関から追い出される。

どちらにせよ、自分の目の前で鍵はまた閉まる。

引きずられながら見えた兄弟のバカにする笑い顔が、暗いマンションの廊下で瞼から離れない。

コンクリートはずっと座っていると本当に、冷たくて、固い。

誕生日のケーキをぶつけられる。

ドラマなどでたまたま同じようなシーンが出たら震えが止まらない。もうとっくに成人してるのに。

昨日のことのように、心臓がどくん

と跳ね上がる。

 

父は男以外いらない、と言う。

母は長男以外は価値がない、いや奴隷となって仕えろ、と言う。

母は昔自分がされたことと、それをした自分の姉や兄、両親への復讐を、わたしにする。

 

戸籍上4人家族でも、

わたしはいつも、いない。

会話は3人だけ。

家族も3人だけ。

入る時はバカにされる時だけ。

家族の秘密はいつも3人で。

わたしには、伝えられない。

だってわたしは居ないというか、

家族ではないから。

部外者だから。

 

小学校3年の時に初めて読んだ

にんじん、と言う本。

フランスの作者。

母から一人しいだけられる男の子の話。

お姉さん、お兄さんは可愛がられるけれど意味なく、にんじん、と呼ばれて嫌われる。

わたしの唯一の、友だち。

わたし以外にも母に悪まれる人がいた。

わたしだけじゃなかった。

ああ、わたしだけじゃなかった。

こんな惨めな子ども、わたしだけじゃなかった。

 

どこかに、行きたい。

ここでない、どこか。

でも、どこへ?

母すら愛してくれないわたしを誰が好きになんか。

どこに受け入れてくれる場所なんか。 

 

でも、ここは苦しい。息が出来ない。

 そう、わたしには、

どこにもいる場所なんか、ない。

 

 

 

ここに居るなら母がわたしを見てヒステリックにならないよう、目立ったらいけない。

彼女より女性として、輝いたらいけない。

少女になって、ましてや成長して女性となって男性に認められたらダメ。そんな風にして母を脅かしてはダメ。母だけが女性として大切に、ちやほやされて良い存在。

身を潜めろ、息を殺せ、いや自分を殺せ、主役は彼女、わたしじゃない。わたしは蝶々夫人に寄り添う侍女。

潜んで、息を殺して、男になって守らなきゃいけない。

母をほめたたえて、添え物になって、主演女を際立出せる二番手の不細工な人間にならないと、危ない。

ここに居られない。

 

息が、出来ない。

わたしはそう…生きてない。

 

けれど、そしたら、いつかは。

ここにいたら、いつかは。

兄弟が手に入れている愛情のおこぼれが、わたしにも転がってくるのかもしれない。

夜中にわたしを引き摺り込もうとする暗闇

の恐怖から、大丈夫よ、とそっと手を握ってくれるかもしれない。わたしが望んでいるのは、それだけなのに。

あんなにお願いしたのに、

「面倒、忙しい、うるさい」

隣で兄弟が母の膝に乗って甘えている。

わたしはそんなことしたことはない。 

 

だから、大っ嫌いなのに。

あなたの側は苦しいのに。

 

息が出来ない。

わたしは、わたしを生きてない。

 

でも、なぜ疎まれるのか。

何をしても、しなくても、なぜか。

わたしはどうしても知りたかった。

なぜ、わたしをそこまで潰したがるか、を。

何度も何度も聞いた。

もちろん答えは意味不明。

 

今ならわかる。

だって、彼女がそうしたかったのは

本当はわたしじゃなかったから。

わたしに当たっていただけだから。 

彼女自身、自分の傷から逃げていて混乱して分からないだから、わたしに説明しようがない。わからないけど、わたし=母自身の過去を喚起する者、を見ると内から抑えきれない衝動と激情が込み上げてくるのに乗っ取られているのだから。

 

そして父はそんな母のヒステリーを自分に向けられないよう、

わたしを母の前に差し出して、逃げた。

母の見方のふりをして。

わたし一人が犠牲になればいい、とわたしを切り捨てた。  

 

それだけだったのだ、と。

 

でもあの時は分からなかったから。

どうしても彼女の口から理由を知りたい、と離れることが出来なかった。

 

あまりに理不尽だから

理由が知りたかった。

 

 

結果、その後の人生も、どの職場に行っても、やってもやっても上司はほとんど仕事らしいことをしていない人ばかり贔屓し、自分は人一倍働けど部下からは慕われても評価されない、待遇や給料は良くならない。どころか更に苛酷な案件を押し付けられる。

どこに行っても安心できない。

居ていいのか、ここは居られるのか、そう考えてしまうから。失敗一つにクビを宣告されたように思ってしまう。

そして部下の環境改善の為、顧客の為ばかりしか考えず自分を犠牲にしてしまう。貧乏くじばかりひいてしまう、いや引きに行ってしまう。

 

夢の中まで罵倒されて、嫌味を言われて、うなされて寝たんだかわからぬままに朝6時にはオフィスに座り、パソコンと資料を抱えて街を歩き回り顧客先へ。

サラリーマンがほろ酔い加減で歩く20時過ぎに営業先から会社に戻り、夜中までパソコンで作業して家に帰宅後、遊んで待っている夫の為にご飯作って翌日(0時過ぎだから当日とも言う)の弁当を仕込み、風呂場でうっかり寝落ちし溺れて死にかける。(ブラックあるあるです、氣をつけましょう)出張へ行けば連続10日目あたりから朝起きた時、自分がどの土地にいるかわからない。今は何日で、どこか。

ずーっと働いてるから分からない。

 

 

 

いくら言っても言っても言っても、心からの言葉も聞こうとしない、笛吹けど踊らない、いや、生きようとしない夫。

なんでも頼ってくる実家の家族。

自分のことだけの義理の家族。  

それらの雑用が全てこちらにくる。

頑張れ、頑張らないと、やらないと、そう言って鞭打って。

やっぱり自分を犠牲にしてしまう。

ただ、もう、今は、もう疲れ切っていて、とにかく寝ていたい。

というか起きたくない。

二度と朝が来なくていい。疲れた。

 

夜、ふと橋の上から下の大通りに飛び降りたら楽になれるな、と。

しかしそこで佇む時が唯一の和みの時で。

 

だけど、子どもの為に。

だけど、唯一向き合ってくれた犬の為に。

あと何年生きようか。

あと何年、生きていればいいのか。

もう疲れた…けど、

あと一日だけ、我慢して。

一日だけ、子どもと愛犬の為に生きよう。人のためだけ、わたし、は居なかった。

生きてなかった。

 

 

 

 

 

だからカウンセリング受けたり自分でしたり家族に協力してもらう癒しの過程の中で、はっきり言って思いましたよ。

 

セラピーを10代で受けていたら?

もっと早く人生変わってない?

こんな苦労しないで済んだ、って。

 

母に愛されることに執着して家を出なかった。

憎んでるけど離れると何も食べれなくなってしまっていた。

夢を諦め、ひたすら振り向いてくれることを悪夢にして。 

いつかは、と。

 

家を出て、親とは縁を切り二度と戻らなかったと思います。そして反対され潰された夢に向かっていったと思います。

 

 

小学校の校長先生が善い人で、

小学校6年先の時に一人一人を校長室に呼んで話をしてくれました。

将来何になりたいの?

〇〇になりたいけど、わたしはバカだからなれません…

なぜそんな風に思うのかな、悲しいよ

そう言った時の先生の哀しげな眼差しは忘れません。だけどやってみます、とも言えず黙ったまま。

もし言えてたら良かったかもしれません。

助けてもらえたかもしれない。

 

でも、だって先生、わたし、悪いんだもの。居たらいけないんだもの。何してもダメなんだって。人としておかしいんだって。根性が歪んでるんだって。

毎晩毎晩、そう言われて殴られてるもの、そんな人、幸せや夢を見たらいけないんだよ。

 

けれど、その時に、

わたしは言えませんでした。

 

 

 

時間を巻き戻したい、

それは誰しも思うよね、感情的になる時に。

 

でも それもこれも必然だった、とも思う。大きな流れの中で人生を俯瞰して見れば。

 

 

今は、

 

一人の子どもが 家族がずっと引き継いできた呪縛を受け継がずに育っている、ということ。

わたしが生きて その子が成人するまで見届けられること。

なんとか今、身体(古典物理の世界)はケアをして回復に向かっているということ。

自分が本来やるべき仕事と出逢い、しがらみだけの人間関係からサヨナラできたこと。

そして今、わたしの手の中に、

自分への誇り、があると言うこと。

わたしがわたし自身の為に生きている部分が生まれた、ということ。

わたしがわたし自身を生きている、と言うこと。

それ以上でもそれ以下でもない、

誰と比較するものではない、自分。

(わたしはよくある兄弟は良い、わたしは駄目、ってパターンでしたから比較がないのはとても幸せ)

 

今、仮にいきなり死んだとしても、生き切ったと言えるということ、

わたしはセラピストの仕事は自分に適切な天職である、と言い切れる。

だから一人一人のクライアントさんに、

その一回一回の関わりに、その時の自分の全力を出し切っているから、いつ辞めても後悔は全くない。

いつも目の前のクライアントさんは最後のクライアントさんでセッションもラストのセッションだと思ってしている。

それぐらいの覚悟がなければ人の人生に立ち会えない。トラウマに向き合えない。

わたしは今、を生きている。

 

へと変わりました。

 

もし、20代で受けて自分の本心と出逢っていたなら。わたし個人としては穏やかな人生を歩めていたから、

それはそれで良かった…かも。

(ああ…非常に魅惑的ですな、正直)

 

 

でも、心理セラピストとしてセッション出来る人間の深さはなかったし、今セラピストとして他者の苦しみ哀しみに真っ向から対峙出来る人としての大きさも強さもなかった、と思います。

そうね、心理セラピストにはならなかった、いやなれなかった。

 

経験を積んだから、

あなたの辛さ、苦しさ、虚しさ、悲しさ、それ全てを分かる訳ない、

そんな簡単にわかってたまるか。

そうですね。

そう、そんな簡単なものじゃない。

人一人の人生、想い、そんな軽いもんじゃない。他人なんかに、わかりゃしない、ということをわかってる。

わかろうとしてあなたの側に立つことは出来るけれど。

でも、わかるなんて、おこがましいことは言えない。それでいい。

わからないから、

こそ、わたしはあなたの側に立つ。

 

わからないまま、あなたを真っすぐに見ようとする、目を逸らさない強さが、寄り添える しなかやさが、感じる力が、今のわたしにはある。

 

あなたが自分を取り戻し、自分で歩きだすまで。

 

 

 

これらは人間力です。

人は分からないまま、待つこと、はなかなか出来ません。強い忍耐力が必要です。

 

もちろんそれも日々日々精進のみ、今のまま胡座をかいたら誰だっておしまいです。

そうなったらやめなきゃね、この仕事は。

だって誰かの心を、人生に関与する責任ある仕事だから、カウンセリングも心理セラピーも、技術が必要な部分はほんの僅か。というかカバー出来る箇所は微々たるもの。同じ技法を使い、同じように声がけしようが効果は全く違います。

 

 

効果がある心理セラピストは、どこが違うのかを色々な研究者が調べてますが

 

技術<セラピストの精神の成熟度

および

クライアント側の意識レベルを本心まで うまく導けるか

 

だからセラピストの人間力が大きく、手法を超えてセッション自体が似てくる、と言う研究結果が出てます。

 

 

 

 

だから話を戻して、

そう、捨てたもんじゃないですよ、

人生って。

苦しみや悲しみも失敗も、昇華出来たなら、あなたの大切な力になる。

わたしも家庭でも職場でも夫婦関係でも友人関係でも人間関係に苦しんだり失敗したけど、それは血肉になってる。

今のわたしを構成した大切な一部です。

 

 

わたしの夢は動物や自然に寄り添うか、映画や舞台を作ること、でした。それは対峙した命の内面にある心情に共鳴し寄り添う、そして物事のバランスを見る能力があるから。

映画業界には行かれなかったけど、 

また自然保護レンジャー(動物園の飼育員は嫌だった、弱った一時保護の野生生物をして自然に還す仕事)にもならなかったけど、今、わたしはその才能を使ってクライアントさんの心に寄り添っている。

 

人はね、自分の持つ才能を育て適切に使うことで後悔しない人生が歩めるから。

わたしは子どもの頃夢見た職業とは違ったけど本質的には自らの道に戻ったと言える訳です。つまりはわたしは自分自身に還りました。本来還るべき場所へ。

子どもの頃、自己を否定され見失っていた戻るべき場所へ。

 

 

だから目先や方法にしがみつかないで。

本筋を発見しましょう。

本筋に戻りましょう。

セッションを通じて本当のあなた自身を再発見してください。

 

 

そうですとも、あなたの人生、

素晴らしいに決まってるじゃないですか。

自分で素晴らしい、に転じられる。

 

今まで、自分の人生は自分で変えられる、

そう思えずに無気力化されてしまったから

あきらめてしまったから、

だから人生、辛いのだから。

 

あきらめないで、あなたを。

 

自分にも出来ることがある、

自分にはこんな面があった、

 

そんな風に、わたしはあなたが感じてくれることを願ってセッションしています。

 

あなたが還るべき場所は

あなた自身で、そこは誰にも奪えない。

あなたが勇気を持って歩めば

必ず扉は開きますよ。

だって向こうもあなたを待っているのだから。

 

 

 

さて最近長く付き合いのあるクライアントさんたちが言っていた言葉を。

 

ここに来て(セッション途中で引越ししました)色々あったけど

昔住んでいた場所より、まだ短いけど、こちらの生活の方が厚な時間であり、一生懸命、私を生きている、と思います。

 

 

わたしが〇〇へ来て丸二年!!

時に煩うこともあるけど、人も文化も自然も、大好きな場所です。

昔わだかまりのあった家族と距離はあるけど、心は近くなりました。そして過去に体験した、わたしの人生の時間は無駄なことはなく全て必要だったんだな、と今思えるようになりました。

(この人もセッション終了と共に引越し、近況と共に大好きな土地の美味しくて貴重な物をお裾分けしてくれます。本当にありがとうございます。)

 

 

しあわせ感とは、

何か良いことに恵まれることではなく、自分の人生、そして自分自身をいかに肯定出来たか、ではないでしょうか、ね。

 

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